福田金壽医師が掲載された新聞記事

白紙のカルテ、心のよろい脱ぎ捨てて

1996年(平成8年)6月6日(木曜日)中日新聞より

“診察”が終わるとその医師は、無骨な指で目の前のカルテを裏返し、いつものように日付のゴム印だけを押して、もう一度患者に話しかけた。
「薬なんか飲む必要はありませんよ。時々ここへ、話をしに来るだけでいい。心のよろいを脱ぎ捨てましょう。そうすれが、あなたの病気は必ずよくなりますよ---」

カルテの裏面には、投薬と症状の変化を記録するスペースがある。しかし、手元の一枚には、ゴム印で押した日付だけが並んでいた。余白だらけのカルテは何より雄弁に、若い患者をとらえた病気の正体と、“いやし”への軌跡を物語っていた。

愛知県内の信用金庫支店でテラー(窓口係)を務めていたA子さん(26)が、毛髪の変調に気付いたのは、今年一月のことだった。

部屋の掃除は丁寧にする方だ。しかし、毎朝目が覚めるたびに、床に抜け毛が散らばっている。自慢のロングヘアを恐る恐るかき分けて、合わせ鏡で後頭部を調べてみた。そして思わず、大声を上げてしまった。十円玉大の抜け毛の跡が四つも見つかった。

A子さんは、近くの病院へ駆け込んだ。診断は『悪性円形脱毛症』。無愛想な医師は、ろくに会話もせずに、飲み薬と塗り薬をくれた。抜け毛は止まらなかった。別の総合病院へ移ったが、薬の種類が変わっただけだった。頭頂部の抜け毛がとくにひどくなり、帽子なしでは外出もままならなくなった。発症から一カ月後、A子さんはわらをもつかむ思いで、愛知県江南市内のある皮膚科医院を訪ねた。

「一緒に原因を考えてみようよ」
 医師からそう言われただけで、涙が一度にせきを切った。思い当たる節は山ほどある。ずっとだれかに尋ねてほしかった。

A子さんは、テラーの仕事がいやだった。人と話すのがいやだった。定期預金やクレジットカードの勧誘実績を競う、点数制がいやだった。窓口を訪れた顔見知りの客を、そんな理由で引き留めるのがいやだった。なのに成績はといえば、いつもトップクラス。そんな自分がたまらなくいやだった。初診には、たっぷり一時間を費やした。A子さんが話し終えるのを待って、医師は無造作に言い放った。

「仕事、辞めちゃいなさいよ」
 医師の言葉を素直に受け入れて、A子さんはその夜、辞表を書いた。まるで魔法のように、髪の毛は抜けなくなった。

 「円形脱毛症は、なぜか『頑張り屋さん』や『いい子』に多い。プライドというよろいの重みに耐えかねて、体が悲鳴を上げるんでしょうね」
A子さんを治療する医師の福田金壽さん(45)は、こんなふうに考えている。

「思えばあらゆる日本人が、重いよろいを引きずりながら、懸命に生きてるような気がします。それなのにわれわれ医者ときたら、ひたすら薬を与えるばっかりで・・・」
“白紙のカルテ”に励まされながら、A子さんはこの秋、八年越しの恋人と結婚式を挙げる。

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