実験・臨床試験のエピソード

『よみがえる黒髪』より

臨床試験のエピソード・その1

脱毛外来のある日、杖をついたおばあちゃんが入ってきました。カルテを見るとなんと九十一歳! しわくちゃではあるが気丈そうな顔でこう言われたのです。「年寄りは薬をもらえませんかのう?」私も初めは何のことか分からず、「何の薬ですか?」と尋ねると「ここ、ここ!」と自分の頭を指さすのです。年寄りの気まぐれに違いないと軽くみて、保険のきくフロジン液を渡そうとしたら、しわくちゃの顔をさらにゆがめて「違う、違う、そんなもんじゃない。この病院でしかもらえない茶色いビンに入ってる育毛剤を・・・・。」さんざん粘った末、お目当ての桑白皮エキスを二本もらって得意気に帰っていかれたのですが、人間いくつになってもやはり“気になることは気になる!”のでしょうね。

臨床試験のエピソード・その2

高知赤十字病院の“脱毛症外来”には、他県からも患者さんが通ってみえます。京都から五時間車をとばしてやってくるKさんには、見事に毛が生えてきました。それを見た友人のYさんも、さっそくKさんの車に便乗してやってきましたが、こちらのほうはサッパリ生えてきません! 理由は定かではありませんが、やはり自分で苦労して通院しないと効き目がないのかも? ・・・・では、病院の前に住んでいて毛が生えてきた○さん、あなたはよほど運がいいのですね! 万が一引越ししても、ちゃんと自力で通院してくださいよ。

臨床試験のエピソード・その3

七十歳のおばあさん。高齢者ほど効き目があると言っても限度があるし、どうせダメだろうと思って治療を始めました。ところがどっこい! かなり頭髪が濃くなってきたではありませんか。本人も周囲もビックリ! そこでさらに毛を生やそうと思ってこのおばあさん、何をしたと思いますか。徹底的に頭をたたいたのです。以前テレビのコマーシャルでやっていたのが、よほど印象的だったのでしょう。マッサージをするのも確かにいいのですが、“過ぎたるは及ばざるがことし!”「ダメだよ。やりすぎちゃ」という私のアドバイスも耳に入らなかったらしいのです。案の定、頭髪は折れ毛だらけになってしまい、治療前よりも毛が薄く見えるようになってしまいました。

臨床試験のエピソード・その4

「先生、生きる希望がわいてきました! ありがとうございました!」と大声をはり上げて、診察室に入ってきた中年男性がいました。周囲で待っていた他の患者さんも何事かとびっくり。「皮膚ガンで手術を受けた人かな」と思ったのですが、なんと若ハゲで悩んで当院を訪れ、桑白皮エキスの治療のおかげで、少し毛が生えてきた患者さんだったのです。こうまで喜んでもらえると医者冥利に尽きるとでも申しましょうか。うれしい限りなのですが、かえってサクラに見えはしないかと心配になったりして・・・・イヤイヤ、そんな邪念は必要ありませんでした。あの時のみんなの、あの納得した様子を見れば!

臨床試験のエピソード・その5

悩みの種の毛が生えてきたのが自慢のMさん。この喜びを一人でも多くの人と分かちたいとでも思ったのでしょうか。さっそく外来での待ち時間の間に、他の患者さんに自慢し始めました。しかし、選んだ相手が悪かったのか、「そんな馬鹿な話があるか! 信じられんな。証拠はあるのか」とまったく取り合ってもらえません。Mさんも「当の本人が言ってるんだ。疑う余地はないだろう。これを見ろ!」と頭を差し出して反論。とうとう取っ組み合い寸前の大ゲンカとなってしまいました。その怒鳴り声が診察室の中まで聞こえてきたので、治療前後の頭部の写真を二人に見せて、納得してもらい、幕となりました。

臨床試験のエピソード・その6

当院脱毛症外来には、大阪からも何人かの方が来られています。さて、阪神大震災の翌日、二月十八日・・・・その中の一人から電話がありました。「もしかして被災したのでは・・・・」と恐る恐る受話器をとると、元気な声が聞こえました。「地震で高速道路が不通なので、飛行機で来ました。今、高知空港にいます。これから、高知日赤へ行きます!」とのこと。「被災しなくてよかった!」という安堵感と同時に、脱毛症外来の責任の重大さを痛感した阪神大震災でした。

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